相当マニアックですが、大聖歓喜天(聖天さん)のお経について

今回、相当マニアックkirakira_yellow_gです。(--;)

大聖歓喜天(聖天さん)のお経についての話です。

前回の、「聖天さんの参拝の基本作法」の中にあった、礼拝の際のお経の話です。お経ってどんなものをあげればいいの?、お経の意味とは?といった内容です。

m(__)m もう、ほんとにマニアックですみません。

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お経は声を出して読む必要はない

聖天様のお堂で貸していただける経本ですが、声は出す必要はありません。ごく小さく唱える位なら構わないそうですが、他の人の迷惑にならないようにしましょう。

「たまに大声で読経される人がいると、僧侶がとめます」

との話でした。もっともそんなノイズに惑わされることなく一心不乱にお祈りをするべきそうなんだそうですけどね。

では、本堂で読むお経の順番です。

まずは礼拝。正式には五体投地

ちゃら~ん、マニアックなかほりがしてきましたね。五体投地ですよ、五体投地。でもこれは僧侶がやることで、本堂で五体投地をする必要はないそうですが。

まずは、こんなことを唱えます。

帰命頂礼 自在神力 大聖歓喜雙身天王 鶏羅山中 諸大眷族 悉地成就(しゅうちじょうじゅ)

意味は、「帰命頂礼」が、聖天様に帰依いたします。おすがりいたします。

「大聖歓喜雙身天王」は、聖天様の正式名称。

「鶏羅山中」ですが、鶏羅山(けいらさん)というところに聖天様はお住まいなんですって。

「悉地成就」は、事が成し遂げられる、っていう意味。

ままにあっく? 誰かこれまだ見てます??

「帰命頂礼」で膝をたて、「自在神力」で立ち上がり、「諸大眷族」でまた膝をたてるポーズにもどり、「悉地成就」で地に五体投地、って感じです。五体投地、繰り返すとかな~りつらいですよ。全身スクワットって感じ?

聖天様に「すべておまかせすることが大切だ」としばしばいわれますが、これは「願いを叶えてね。んじゃ、あとはよろしこ」と、自分は何もしないのではなく、一般生活をきちんと送ることが大切なのだそうです。体と心を大切に。汚い言葉を使ったり、悪い態度をとったり、体を痛めつけたりしないで、きちんとした生活をおくりましょう。

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自分を大切にっちゅうことやな

次に懺悔文

我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)

皆由無始貪瞋癡 かいゆむしどんじんち)

従身口意之所生(じゅうしんぐいししょしょう)

一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいざんげ)

意味は、「私が昔から作ってきた悪行の数々、貪る、怒る、疑い迷う、煩悩による身体の行動、悪い言動や心の動き一切を尊天の前で懺悔いたします」、という感じです。

誰でも生きてる限り、何かやっつまってますから、ここでしっかり懺悔しましょう。

次に三帰・三竟

次に三帰・三竟を唱えます。お経はちょっと割愛しますけど、聖天様の弟子である自分は、永遠に仏と聖天様に帰依します、というお経です。興味のある方はWikiってみてね♪

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さらに真言

さらに真言を唱えます。真言を素人が唱えていいのかも聖天行者さんにこの際確かめたのですが、全く問題ない、とのことでした。ので、ここに真言かいちゃいます。

ででですが、この真言の部分の記事、今までで2回書いたのが不可解なことにセーブされずに消えてて、これ、3回目なんですけど。ほんとにこれ書いていいんですかね?大丈夫かな?

真言って密教の呪文です。密教は秘密の作法が多いから「密」教なんですよ。で、その不思議な呪文が真言、っていわれるものです。本当に素人が唱えてはならない真言や印も沢山あるはずなんですが、世間に公開されているものをここに載せても大丈夫そうなので、のせちゃいます。

まずは、「おんぼうぢ しったぼだはだやみ」。「私はさとりを求める心をおこします」、といった感じの意味です。

次に「おん さ(ん)まや さとばん」。「私やあなたは仏と平等です」といった感じです。さとりをひらくための素質は平等だよ、ということです。

これは2つとも発心(ほっしん)の決意、といった感じの真言なので、我々が唱えても問題がないのでしょう。僧侶になる修行でも、最初に教わる真言です。

で、ここでやっとお願い事を言う

で、ここでやっとお願い事をいいます。

普通、親戚のおじさんに頼みごとをするような場合でも、いきなり玄関で靴を脱ぎながら「おじさん就職の世話して!んじゃ、頼んだよっ」なんていいませんよね。普通、時候の挨拶をして、ちょっと世間話でもしてから本題に入るでしょう。

お願いごとを言うにしても、まずは自分は仏様と聖天様に帰依して正しい道をあゆんでいきます。過去にいろいろやっつまったことは許してね、ということをまず前置きとして話してからお願い事にいくという寸法です。

聖天様にお願いごとをしたら、いったん迷いや私利私欲を聖天様に預けるつもりになると良いそうです。そして日々感謝して過ごし、人に親切にし、日々真言を唱えて聖天様に話しかけるとよいそうです。

めじろ無題

聖天さん近くの梅の花。ここにメジロが何匹かいるのですが、見つけられますか?

最後にお経

最後にお経をあげます。お経は、般若心経や法華経、十一面観音経などをあげます。

使呪法経という大聖歓喜天様のお経もあるのですが、待乳山聖天さんの朝の読経の会などでもこのお経は読まれないのだそうです。

聖天様の力強い現世利益について書かれているので、うっかり普通の人が読むと、ともすると自己中心的な信心になってしまうからなんですって。

やややっぱり何かちょっと怖いですね。

「もし諸天に見捨てられたとしても、我に願えば即座に叶えて皆円満にする」

って感じなのだそうです。

人は「いい、悪い」をすぐに決めつけたがあるが、ものごとにとらわれず自由でいよ。足るを知るということを実感せよ。

当人のエゴイズムだけの願いはご利益として本当の意味では授けない。

福禄とは奪い取るものではなく、しぜんとそこへ移っていくものなのだ。豊かな心をもって成長しよう。

というような、人との和合の大切さ、あるがままの豊かな心について説いているのですが、ともすれば修行のすすんでいない人は、その現世利益のすごさのところだけを誤訳しちゃうんですって。

いかがでしたか。お参りの際のご参考になれば幸いです。

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